帯状疱疹と帯状疱疹後神経痛
帯状疱疹後神経痛はその予防をまず考えるべきである.帯状疱疹の発症早期からの積極的な神経ブロックが神経痛発生の予防に有効である.
疾患の概念
帯状疱疹は水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)の再活性化により生じる疾患である.脊髄神経節または三叉神経節における,このウイルスによる炎症は後に神経の障害を残す.炎症が軽度であれば障害は僅かであり,問題とならないが,高度の場合は脱神経性の痛みを生じる.これが帯状疱疹後神経痛である.
疾患の病因.病態VZVの初感染は水痘を生じる.その後このウイルスは脊髄神経後根,三叉神経節などに遷延性に存在し,年余を経て生体の細胞性免疫の低下を契機にして再活性化する.VZVは神経節で神経根炎を生じ,脱神経を生じる.炎症は後根神経に止どまらず前根神経にも及び知覚障害と運動麻痺を来す.一方では神経節から末梢神経に沿って皮膚に至る.皮膚病変は発赤,腫脹,疱疹から高度の炎症がある場合は壊死性になる.神経節から中枢側に炎症が波及すれば髄膜炎,脊髄炎などの中枢神経障害を生じ,内臓神経に沿って広がれば膀胱炎などのその神経支配域の内臓の炎症を起す.
好発部位
神経別では胸神経に最も多く発症するが,神経分節でみると三叉神経第1枝の罹患が最も多い.上肢下肢の運動障害を伴う頸神経,腰神経の罹患は比較的低率である.汎発性は4.1 %であった.
診断
1.症候
皮膚分節に沿った,帯状の疱疹と,同一部位の神経痛が突然出現する.風邪症状を先行することもあるが稀である.痛みと皮疹の発生は数日ずれることが多い.時に痛みのみで,皮疹の生じないことがある.zoster sine herpete という.血清学的な検査がその様な症例では診断の決め手になる.再発は非常に稀である.我々の症例では1%程度であろうと思われる.2回目の罹患は一般に症状が軽度である.帯状疱疹は皮膚症状のみに注意を向けがちであるが,この疾患はself limited であり,免疫抑制剤や,ステロイド剤を使用していなければ,皮膚症状は3週間から3カ月で何の治療をしなくとも治癒する.免疫抑制剤などの使用例では稀であるが,6カ月を過ぎてなお潰瘍が治癒しない症例がある.もっともやっかいな症状は疼痛と運動神経麻痺,中枢神経障害である.疼痛は急性期と慢性期では性格が変わる.急性期の痛みは表面的な痛みで,ヒリヒリ,びりびりする痛みで,持続痛に発作痛が混じる.夜間痛も,しばしば見られる.一方,帯状疱疹後神経痛ではdeafferantation の特徴である、allodinia, hyperpathiaがあり,表面的なじりじりする痛みと深部痛もある.締め付けられるような感じがあり夜間痛はなく,何かに注意が集中しているときは痛みを感じない.発症年齢が神経痛の発生に関係する.発症年代別の治療成績を図に示す.50歳代から完治例の比率
が減少し,70歳代になると70% 以下となる.発症早期での皮膚知覚低下,すなわち早期からの脱神経は神経痛の続発の可能牲が高い。初診時の皮膚知覚と治療成績では皮膚知覚異常例では完治率42% にたいし知覚正常例では86% が完治である.初診時の知覚低下は早期より脱神経が生じている所見でありその
程度と帯状疱疹痛の遷延の程度とは相関がある.初診時皮膚知覚異常と年齢は相関があり加齢と共に知覚異常例が増加する.皮疹発症と疼痛発症の関係をみると,疼痛が皮疹発症に先発した症例では好発例に比べ明らかに予後不良である
帯状疱疹の合併症
運動神経麻痺,中枢神経障害,眼合併症が代表的なものである.運動麻痺は三叉神経と頸神経,腰神経で問題となることが多い.最も罹患率の高い胸神経では,腹筋麻痺のため腹壁の膨隆を来すことがあるが,患者も医師も見過ごすことが多い.肋間神経麻痺は自覚症や他覚症として気付かれる事は少ない.頸神経罹患では上肢麻痺,腰神経罹患では下肢麻痺,仙骨神経罹患では括約筋の麻痺を生じる.上肢麻痺後には時にcousalgiaを生じる.causalgia となった症例では,疼痛の治癒は困難であり,高度の機能障害を残す.運動麻痺は通常は3~6カ月後にはほぼ正常に回復する.中枢神経障害,髄膜炎,髄膜脳炎,脊髄炎は三叉神経第一枝で合併する危険性が高い.しかしその他の分節罹患でも時に中枢神経の合併症を生じることがある.髄膜炎が生じると髄液中のタンパクの上昇とリンパ球の増多が起こる.髄液のVZV補体結合抗体価も上昇する.細胞数の上昇は2,3カ月続くことが多く症例によっては1年以上持続することもある..単純性ヘルペスと異なりVZVによる髄膜炎の予後は良好であり,致死的経過をとる事はほとんど無い.後遺症もまれである.特別の治療を行わなくとも対症療法で症状の寛解をみる
診断のポイント
特徴的な皮疹と激しい神経痛が診断のポイントとなる.痛みが先行してパップ剤を貼り,その同一部位に皮疹が出現してかぶれと誤って判断することがある.
鑑別診断
単純性疱疹,虫刺され,症候性肋間神経痛などとの鑑別が必要である.
治療
難治性疼痛の中でも求心路遮断性疼痛(deafferantaion pain)は最もやっかいな疼痛性疾患である.帯状疱疹後神経痛はその求心路遮断性疾患の代表的なものであり,完成された帯状疱疹後神経痛を完治させる治療法はない.帯状疱疹発症早期よりの積極的な神経ブロックで脱神経を最少限に押さえ,その後に起こる可能牲のある,帯状疱疹後神経痛を防止することが最も有効な治療法である.
局所療法
皮膚は出来るだけ乾燥傾向にもっていく方が良い.軟膏塗布は水疱を破り縻爛面に対して物理的な刺激を与え,好ましくない.水疱はできるだけ破らず,大きなものは注射器で内容を排液するに止どめる.乾ガ-ゼで覆い皮疹部を保護する.
帯状疱疹の神経ブロック療法
急性期の神経ブロックは除痛法としてと同時に,皮疹の治癒促進効果もある.すなわち,知覚神経の遮断で除痛をはかり,交感神経ブロックは患部の血流促進と乾燥化により,皮疹の治癒を促進する.交感神経ブロックは急性期においては局麻薬で行い,発症2カ月を過ぎた亜急性期と疱疹後神経痛では破壊薬で行う.
局麻薬ブロックとしては,頭部,頸部,上肢では星状神経節ブロックを行い,胸部以下では硬膜外ブロックで治療する.
帯状疱疹後神経痛の神経ブロック療法
帯状疱疹後神経痛に対しては交感神経節破壊薬ブロックをまず行う。頭部,頸部罹患に対しては第2,3胸神経アルコ-ルブロックを行い,第2胸神経以下の罹患に対しては罹患分節の交感神経をブロックする.
通常,交感神経節ブロックに脊髄神経高周波熱凝固法(spinal rhizotomy) を組み合わせて行う.spinalrhizotomy は罹患分節とその近接の1,2本の神経根で行う.交感神経ブロックに体性神経ブロックを組み合わせる事にでより効果的なブロック療法を行える.表面的な痛みにはspinalzhizotomy が有効であり、深部の鈍痛には交感神経破壊薬ブロックが有効である。
薬物療法
抗ウイルス薬
ヴィダラビンとアシクロヴィルがあり両者とも帯状疱疹と単純性疱疹に適応がある.発症から5-7日間,点滴静注で投与する.アシクロヴィルは内服薬もある.
三環系、SSRIなどの抗うつ薬、プレギャバリン(リリカ)
帯状疱疹後神経痛に唯一有効な薬物である.眠気,ふらつき,抗コリン作用などの副作用があるために帯状疱疹後神経痛の大部分をしめる高齢者では使いにくい.副作用は投与開始1週間で出現し,その後減少するので,少量から開始し,副作用の減少を待って徐徐に量を増加する.効果は投与開始約2週間で 発現する.副作用の少ない四環係抗鬱薬やトラゾリン、SSRIも開発されており,副作用のため三環系抗鬱薬が使いにくい患者ではこれらの薬剤を選択するのがよい。
新しい薬ではプレギャバリン(リリカ)が市販されている、吐き気などの副作用が40%前後にみられるが、従来の薬より総合的にはすぐれている、トラマドール、トラムセットなども有効なことがある。