三叉神経痛
三叉神経痛は多くの神経痛の中で最も典型的な疾患である.神経痛としての特徴を全て備えており,しかも神経痛の発生メカニズムを考えるのに最も適当な疾患である.診断が正しければこの痛みは必ずコントロール可能である.軽症例は薬物で、重症例では神経ブロックで除痛が得られる.
神経痛の原因は不明であるが,以下の様な説が考えられている.末梢神経と中枢神経との移行部で細い血管が神経を圧迫して神経鞘の絶縁を低下させ,その部位に短絡路を生じる.そして末梢からの刺激によりその部位で神経発火が誘発されて発作的な痛み刺激を生じる.それゆえ,典型的な神経痛である三叉神経痛では障害部位を操作すること無く末梢からの知覚刺激の入力を遮断するだけで完全な鎮痛が得られる。
特発性三叉神経痛
診断のポイント
1.問診のポイント
特発性三叉神経痛は三叉神経支配領域に限局した、短い発作痛を特徴とする。特有の誘発点(トリガーポイント)があり、その部分への軽い接触または筋肉の動きで痛みを誘発する。洗顔、ひげ剃り、咀嚼、歯磨き、会話は発作を誘発し、時には顔に当たる風でさえ痛みを誘発する。痛みの持続時間は数秒ないし数分である。必ず痛みの無い間歇期が存在する。これが三叉神経の末梢枝損傷に伴う、三叉神経のニューロパッシクペイン(神経因性疼痛)との相違点である。神経因性疼痛では患者は痛みにとらわれている限り必ず痛みを感じている。このような患者では眠っている時以外はいつも痛いと訴える。
特発性三叉神経痛の患者では痛みの激烈さにも関わらず、ほとんどの患者で抑鬱を伴わないのも特徴である。女性にやや多く、平均発症年齢は55歳である。
三叉神経を含む脳神経の神経学的な異常は認めない。
2.痛み特徴
痛みは三叉神経支配領域に限局する、すなわち第一枝であれば前額部、第二枝領域であれば眼下部から尾翼、上口唇、第三枝罹患であれば下唇、舌、オトガイ部の痛みを訴える。第一枝罹患は非常に希であるのでこの領域に痛みを訴える患者では診断は慎重にすべきである。また大部分は単枝罹患であり二枝以上の領域に痛みを訴える場合も主たる痛み領域がどの部分であるかを診断するのが治療上に重要である。また両側罹患も非常に希である。痛みの性質は電撃痛で持続時間は数秒である。間歇期には全く痛みが無い。トリガーポイントへの刺激は激しい痛み発作を誘発する。咀嚼は痛みを誘発し、しばしば食事が困難となる。嚥下運動は痛みを誘発しないために流動物の摂取は可能であり、睡眠中の嚥下運動も痛みを誘発しないため、舌咽神経痛と異なり、睡眠中の痛み発作は無い。暖まると痛みを生じにくく風呂に入っていると発作を予防できる。風呂の中で食事をしていた患者もいた。
必要な検査
1.神経学的検査
神経学的な検査がまず重要である。三叉神経の知覚障害、運動障害を必ず調べる。ガーゼの先や馬毛で顔面の知覚テストをする。開口させ下顎の偏位の有無を調べる。その他の脳神経の機能もテストする。
2.画像診断
MRIは脳幹部を1.5T超伝導の機器で1mmスライス以下でスキャンする。できればMRAすなわちMRアンギオクラフィーを行う。サブトラクションして椎骨脳底動脈のみの像を再構築し、原画像と突き合わせ三叉神経入口部での血管と神経の接触を検討する。責任血管はほとんどの場合SCAである。時にAICAやmegadoricobasilar artery が三叉神経を圧迫していることがある。神経欠落症状の無い、特発性三叉神経痛の5%前後に小脳橋角部に限局する小さな腫瘍が神経圧迫の原因のことがある。血管と腫瘍の両者で三叉神経を圧迫する事もある。
鑑別診断
第一枝領域の特発性三叉神経痛は特に鑑別診断に注意すべきである。この領域に痛みを生じる疾患は多い。
1.三叉神経第一枝領域の痛みを生じる疾患
1)トローザハント症候群
海面静脈洞の非特異的 肉芽腫性炎症が原因であると考えられている。ステロイドが著効する。第一枝領域の痛みと眼筋麻痺を生じる。
2)上眼窩裂症候群
上眼窩裂に占拠性病変が生じたときに第一枝領域の痛みと眼筋麻痺を生じる。
3)Reader’s Syndrome
海綿静脈洞への腫瘍の転移で生じると考えられている。やはり第一枝領域の痛みと眼筋麻痺を生じる。
4)群発頭痛
最も特発性三叉神経痛を誤診されやすい疾患である。慢性と周期性と慢性発作性の三亜形がある。目の奥の激痛が生じる。発作の時間が一時間前後と長く、若年男性におおい。発作時に部分的ホルネル症状が随伴する。
5)側頭動脈炎
側頭動脈の巨細胞性血管炎が原因で、眼窩、側頭部の激痛を生じる。時に視力障害を随伴する。高齢の男性に多い。痛みはきわめて激しいが、持続的な痛みである。ステロイドが奏効する。
2.第一枝領域以外または限局しない痛み疾患
1)三叉神経神経障害後の顔面痛
歯科治療、副鼻腔手術、顔面の形成手術、開頭手術、外傷,帯状疱疹等のために三叉神経が損傷を受けその結果生じた神経因性疼痛。痛みは持続的であり、何かに気を取られているか何かに集中している時以外は恒に痛みを感じている。しばしば鬱状態を伴う。
2)術後性頬部嚢腫
しばしば第二枝領域の発作性の痛みを生じ特発性三叉神経痛と紛らわしいことがある。病歴の聴取で鑑別できる。
3)舌痛症
舌痛症は中年以降の女性に多く見られる。MRI で検索すると、しばしば脳幹部の古い梗塞がある。高い頻度で鬱病やうつ状態が併存する。舌の痛みとともに口の周囲の痛みも訴えることが多い。三環系抗鬱薬がしばしば奏効する。
4)顎関節症
精神性葛藤から咀嚼筋群の異常緊張と協調のアンバランスを生じる。その結果顎関節に負荷が懸かり、関節の変性性変化や咬合不全となり、顎関節周辺の痛みを起こす。中年女性に多い。持続痛であるが時に耳前部の発作痛を訴えることがある。
5)舌咽神経痛
舌咽神経痛が第三枝特発性三叉神経痛と紛らわしいことがある。舌が痛い患者では特に注意が必要である。特発性三叉神経痛は咀嚼時に痛く、舌咽神経痛は嚥下時に痛い。舌咽神経痛は夜間痛があるが、特発性三叉神経痛は夜間痛が無い。また舌咽神経痛の寛解期は長く、数年間痛み発作が休止することがある。
6)帯状疱疹後神経痛神経
帯状疱疹の既往を聞き出すことが肝要である。痛みは持続的で三叉神経損傷後の痛みを同様の性質である。三叉神経ブロックの適応とならない。
治療の実際
1.薬物療法
発症から一年以内の症例ではまずカルバマゼピン(テグレトール)で治療を始める。この薬は特発性三叉神経痛の特効薬ではあるが副作用も多くその発生頻度も高い。一日300mgを分三にして食前30分に投与する。効果の見られない場合は600mgまで増量する。それでも効果の見られない患者では他の治療法を考慮する。頻度の高い副作用としては眠気、ふらつき、薬疹、顆粒球減少などがある。時に肝機能障害も見られる。2ヶ月に1回程度の血液検査を要する。副作用のために代替え薬として時に他の抗痙攣薬を使用するが、同等薬効のものは無い。
2.神経ブロック療法
アルコールブロックと高周波熱凝固法とがある。長所欠点があるが、アルコールブロックは安全に確実に行うには高度の手技を要するが、高周波熱凝固法より少ない経験で安全に施行できる。有効期間はアルコールブロックが長いが、知覚低下の度合いが強く、回復までの期間が長い。
末梢の神経ブロックとガッセル神経節ブロックがあり両者ともアルコールと高周波熱凝固法で施行できる。ガッセル神経節の高周波熱凝固法は安全性が高く、長期の効果が期待できるので、薬物療法で治療困難な症例では第一選択になるであろう。
3.手術療法
後頭下開頭での三叉神経入口部での圧迫血管に対する、神経血管減圧術は1969年にPittuberg のJannetta が顕微鏡下での方法を発表して以来、日本でも広く行われるようになった。しかし、機能性疾患に対しての開頭手術であり、高い安全性が要求される。急激にこの手術が普及したために、日本での合併症は決して少なくなく、手術死亡例もある。安易に行うべきでは無く、高度に熟練した頭蓋底手術の専門家が行うべきである。